群馬県、桐生市 その4 ポテト入り焼きそば

 群馬県は桐生市に行って参りました。
 桐生市は、群馬県の東南部、すぐ隣が栃木県の足利市、西は赤城山まで続いています。東京からは電車で2時間くらいの場所になります。

 突然ですが、桐生市の“焼そば”にはジャガイモが入っています。

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 食べてみるとなるほど、何で今まで焼きそばにジャガイモ入れなかったんだろう?って思いました。

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 ポテト入りやきそばは、群馬県桐生市周辺で見られる焼きそばのようです。栃木県でも焼きそばにジャガイモ入れるみたいですねぇ。

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 こちらのお店は、JRの桐生駅から徒歩2分。ガード沿いにありました。“ポテトやきそば”と書いてあります。持ち帰りが可能だということで、ホテルの部屋で頂きました。

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 桐生の焼きそばと言えば、このお店が有名みたいですねぇ。テレビでも取り上げられたようです。店内にサインとか貼ってございました。

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 “武正米店”。お米屋さんが、クリーニングと、焼きそば屋をやっているといった、多角経営のお店でございます。
 お店の中でも一応食べれるみたいですけど、“一応”といったスペースでした。

  このお店のもう一つの売りが、“子供洋食”というメニューです。

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 お店の方に聞いたら、結構上の世代の方に人気だそうで、懐かしんで買いに来る方が多いそうです。“子供洋食”というのは、桐生市でもこの辺りだけの名称みたいです。


 持ち帰りにして“中央公園”で頂きました。

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 飲み物買って、秋の公園でプチピクニックでございます。

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 こちらの焼きそばは、もやし多めで最初のお店のよりしっとりした感じですねぇ。ソースも違うような感じ。

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 でこちらが“子供洋食”。 

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 ジャガイモと桜えびと刻んだネギをソースで炒めて、青海苔がかけてあります。
 子供でも、洋食でもないようですけど、これこそが昭和センスといった感じでしょうか。

 焼きそばとジャガイモ。あまりにも自然な組み合わせですが、意外と他では見られない、りっぱな桐生市を代表するB級グルメなのでした。

■ゴチ■
住所 : 群馬県桐生市巴町2-2-1

■武正米店■
住所 : 桐生市浜松町1-6-35


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群馬県、その3 コノドント館

 これな〜〜んだ?

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ヒント1 : 色んな形がありますが、このひとつひとつは0.5mmくらいです。

ヒント2 : 下のような岩盤から発見されます。

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ヒント3 : 1865年にロシアのクリスチャン・ハインリッヒ・パンダーさんが初めて発見しました。

ヒント4 : 日本では、1958年にここ群馬県みどり市の大間々町で、林信悟さんが発見しています。


 正解は、“コノドント”でした〜...って分かるかい!

 模型化すると、こんな感じ。

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 “コノドント”の“コノ”は、英語のコーンと同じ、“円錐(えんすい)”という意味で、“ドント”は“歯”という意味だそうです。発見当時から、動物の歯ではないかと考えられていたようです。

 しかし、その正体はずっと謎のまま、世界中で発見され、色々発表されてきたそうです。
 そしてつい最近、1993年に、保存状態の良いコノドント器官を頭部に持つ動物の化石が、続々と発見されたんだそうです。

 それを復元してみた模型がこんな感じです。

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 “コノドント”を持つ動物は、原始的な脊椎動物の一種(人間など脊椎動物の直系祖先)ではないかという意見が強まっているそうです。
 現在存在する生物で近いのが、ヤツメウナギだそうで、体調は5cmくらいじゃないかということでした。

 つまりこの子の歯(正確にはプランクトンなどを漉し取る器官)が化石となったものが、“コノドント”だということです。 

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 脊椎動物の祖先ということでも、貴重な発見なのももちろんですが、地質学の方で大変役に立っているようです。
 “コノドント”が発見される地層は、カンブリア紀〜三畳紀と考えられるそうで、“コノドント”が発見されると、太古の地球の地図や歴史が書き換えられるのだそうです。

 日本列島もほとんど海の底だったんですねぇ〜。
 
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 “コノドント”については、群馬県はみどり市の大間々町、“コノドント館(みどり市大間々博物館)”で専門の展示スペースがございます。

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 “コノドント”のネーミングに惹かれて行って来ました。

 昭和63年にオープンした、大間々地域の資料を展示する総合博物館だそうです。
 ここの展示室は、大正10年に建築された、旧大間々銀行の営業所本館と倉庫を修復したものだそうで、当時の金庫室がそのまま展示スペースになっていたりします。

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 こちらが、“コノドント”コーナー。

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 左がコノ子ちゃん、右がドント君。この子達のグッズ作って欲しいなぁ〜。

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 僕らの先祖は“コノドント”動物。というお話でした...。


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群馬県、桐生市その2 山上城跡公園

 おーす!おいら栃木出身!

 群馬県は桐生市にやってきたんだ。上毛鉄道の新里駅っちゅうところから、こ〜んな景色ん中を歩いて向かった先は...。

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 じゃ〜ん!こちら、“山上城跡公園”。ではさっそく入ってみるっぺよ〜。

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 “山上城跡公園”を入るとすぐ、伝習館があって、そこに“山上城”に関する簡単な資料が置かれてたぞ。これは中々親切でね〜の〜。

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 公園の入り口から 三の丸、二の丸、本丸、北郭、笹郭と北へ一直線になってるんだなぁ。専門用語で“並郭構造”って言うらしいぞぉ。南北に650m、東西に220mの細長い形状だな。 あと公園の外になるけんども、南側に南郭があるようだぞ。

 で、まずは三の丸ね。だだっ広い芝生になってて、公園とうたうだけあって、子供の喜びそうな遊具が設置してあるなぁ。

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 取り合えず滑り台は滑っとくかぁ。わひゃひゃひゃひゃ!ケツがこそばゆいぞう。

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 二の丸、本丸は雑木林になってて、ここにも遊具が設置されてるけんど、こっちはもう整備を放棄してて、遊べる状態じゃぁないなぁ〜。

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 ここ“山上城”は、藤原秀郷の流れをくむ、山上五郎高綱が応永年間(1394〜1428)に築城したっちゅうことになってるらしいなぁ〜。この高綱の息子、高光は源頼朝に仕えとるらしいよ。

 戦国時代末期には、武田勝頼に攻められて廃城になっちまったんだと。

 1580年(天正8年)に、“御館の乱(おたてのらん)”で上杉景勝に味方した武田勝頼は、上杉景虎派の厩橋城(前橋城)を制圧、そのまま赤城山南麓の大胡城・山上城・伊勢崎城を攻略した。

 “御館の乱”っちゅうのは、上杉謙信急死後の、まぁ家督争いだな。謙信の養子の上杉景勝と上杉景虎でおっぱじめた、越後の内乱だそうだなぁ。

 ここ山上城も、それに巻き込まれたっちゅうことかね。

 発掘調査ん時に発見された“第1号井戸”っちゅうのもあったぞ。深さ8m、口径4m、底径1mの規模なんだと。人為的に埋められた痕跡があるらしいんだども、出土品も色々とあったらしいよぉ〜。

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 この井戸から南を眺めると、こんもり盛り上がった場所が見えるんだども、あれが資料にある南郭かねぇ、っちゅうわけで行ってみたよ〜。

 “元町集会場”って書いた看板の所を入ってくと、これまた小山があって、これが“物見台”だったみたいだねぇ。

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 お!ちゃんと上がれるでねぇの〜。しかも降りる時は又滑り台かい。

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 上はこ〜んな感じになってるぞ〜。しかしよく残してあったねや〜。

 ここの真ん中の盛り上がりが気になるねぇ。何か大きい石がいくつも草の下に見えるんだけど。何かあったんだべか〜?

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 この物見台からはまぁまぁの見晴らしだねぇ。

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 こっから、勝頼さんさ攻めて来たの見て、ひょえ〜!ってなったんかねぇ。戦わないで逃げたっちゅう説もあるらしいなぁ。
 まぁ資料もすくねーし、今回はこんなもんでかんべんしてなぁ〜。

■山上城跡公園■
住所 : 群馬県桐生市新里町山上282
アクセス : 上毛鉄道新里駅から徒歩20分


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群馬県、桐生市その1 古墳にコ〜フン!

 たびぱぱ探検隊は、群馬県の桐生市新里町にやってきた。

隊員A : 隊長!やっと到着しましたねぇ。長い道のりでした。(駅から徒歩20分くらい)

隊員B : こ、これが“中塚古墳”ですね!

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たびぱぱ隊長 : そうだ!これが昭和54年に県指定史跡になっている
           “中塚古墳”だ。
            この入り口こそ、太古の歴史へのタイムトンネル
            なのだ―!

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たびぱぱ隊長 : ちょっと暗いな。おい!ライトを点けてみろ!




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たびぱぱ隊長 : .....。

隊員C : たっ、隊長...。何かいませんでしたか?



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 おーす! おいら栃木出身!



 なが〜い前ふりだったけんども、本日もよろすくたのんべぇ。

 ここ“中塚古墳”は、標高200mの丘陵性台地上にあるんだけんど、直径約38m、墳丘約5mで周堀をめぐらす円墳なんだと。古墳時代の末、7世紀後半のものらしいなぁ。
 
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 まぁ、先回りすて、下調べしてたってわけだなぁ。

 石室は南側に開いてて、“横穴式の両袖型石室”っていうんだと。何だか難しいなやぁ〜。

 羨道は、幅1.3mで長さは約3m。“羨道(せんどう)”っちゅうのは“玄室”へ入るトンネル状の道筋のことね。ちなみに“玄室”は死体を収める部屋のことだってなぁ。

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 あの一番奥が“玄室”なんかねぇ〜。

 玄室のサイズは、中央部分の幅1.76m、長さ約4m。まぁ全体で長さ7mちょいってところだなぁ。
 四角く綺麗に切りそろえられた大きな石を、隙間無く積んで作られた古墳は、この辺じゃかなり珍しいんだと。
 確かに、そんなに昔のもんがこんだけ立派に残ってるっちゅうことからも、その頑丈さが伺えるだべなぁ。

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 群馬県の高崎市には、有名な石碑で“山ノ上碑(やまのうえひ)”ちゅうのがあるらしいんだども、この碑に出てくる“新川臣(にいかわのおみ)”っちゅう人が、ここ新里町(新里村)の権力者だったんじゃないかぁ〜、ってことで、この“中塚古墳”は、“新川臣”の古墳かもしれん、ということらしいね。

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 1920年(大正9年)の調査の時には、すでにな〜んにも無かったってねぇ。じぇ〜んぶ盗まれちゃったんかねぇ〜?

 
 “中塚古墳”の周辺には10数基の古墳があるらしいんだども、こっちもちょっくら見学してきたぞ。

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 新里中央小学校の敷地内に、“天神古墳”っつうのがあんだぁ〜。

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 古墳時代後期でも更に古い、6世紀のものだと考えられてんだな。

 直径40m、高さ3mの円墳。
 石室は自然石の乱石積っちゅう造りだってよぉ。

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昭和33年の調査ん時に、刀とか埴輪とか、貴重な遺物がいっぱい出てきて〜、東京国立博物館に所蔵されてるものまであんだってよぉ。すんごいでね〜か〜。

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 1500年前の人々の生活に思いを馳せつつ、群馬県は桐生市の歴史散歩はしばらく続きます。

■中塚古墳■
住所 : 桐生市新里町新川2592
アクセス : 新里駅から徒歩10分

■天神古墳■
住所 : 桐生市新里町小林60−1(新里中央小学校内)
アクセス : 新里駅から徒歩20分


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福岡 その4 福岡城

 こんにちは、徳川家康です。

 慶長5年(1600年)、関が原の時は結局仕掛けてこなかった毛利くんの処分も決まったし、これで色々決められるね。

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静岡の駿府城の家康像

 じゃあまずはと、

 黒田く〜ん!黒田くんいる〜?



 “黒田長政”登場! ↓    ↓    ↓

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家康 : うっ、ひゃひゃひゃひゃひゃ。何だよそのかぶりもんは〜。
      わ、わらかしてどーしよーっていうんだよう。
      空気抵抗とか?F1のウィングみたいな感じ?
      ああ、あのほら、水牛のかっこいいのあったじゃない。

長政 : ひ、ひどい!
      これは大恩人の竹中半兵衛さんの兜を、福島正則と交換して
      手に入れたお気に入りなのに〜。(一の谷兜って言うらしい。)

家康 : まぁ、そんなことはいいからさ〜。君色々頑張ってくれたし、
      52万3000石あげるから、筑前よろしく!


 このあと“黒田長政”は、名島城に入城しましたが、治政上敵地でないとみて、現在の福岡市の中央に福岡城を7年の歳月をかけて築きました。

 石垣積みの名人、重臣野口一成の指示の元、5メートルから15メートルにおよぶ石垣がめぐらされ、規模の雄大さを誇っています。

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長政 : へ?この辺“福崎”っていうの?ふ〜ん。
      ふくざき...ふ、く... じゃあ、“福岡”にしよう!
      明日から“福岡”ね!

(祖先の領地備前(岡山県)の福岡にちなんで改名したといわれる。)

長政 : じゃあ、こ〜んな感じで案内するよ。

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裏御門から入ってみるねぇ。

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やっぱり広いねぇ。

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祈念櫓。

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 鉄御門をあがりま〜す。

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 埋門を通って...。

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 大天守台跡に到着!
 天守は、江戸に遠慮して造らなかったとか、造ったんだけど壊したとか言われてるらしいねぇ。実際はどうだったかって?それはねぇ...。

 ナ・イ・ショ!

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 ちょと、ちょっと!あれってさぁ、“福岡Yahoo!JAPANドーム”じゃないの〜?日本で初めての開閉式ドームでしょう?
 すごいすごい!開いてるよねぇ。ただで野球楽しめるじゃないのー!

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黒田如水 : ...そりゃ無理じゃろう...。(如水:長政のお父さん)

■福岡城(舞鶴城)■
住所 : 福岡県福岡市中央区城内1
アクセス : 地下鉄赤坂駅2番出口徒歩15分
        地下鉄大濠公園3・5番出口徒歩10分


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