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三重県 伊勢市 その4 忘れられたベンチ

三重
10 /03 2009
 声が聞こえた。

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岡本太郎作 : であい

 君達ではないだろう?それぐらいは分かる。

 “声”と言っても、空気を振動させる“音”とは違う。“言葉”の様な意味を成すものでもない。何と言ったらいいのか。“念”みたいなものを、“感じた”と言った方が近いだろうか。

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 振り返ると、無造作に成長し続けた野草の壁。その中にかろうじて道があろうなどとは思ってもみなかった。

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 確かに此処には以前、人間の意志が存在したんだろう。今はその意志を包み隠すように野草が覆い尽くし、壁になり、山になろうとしている。

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 今来た所を振り返る。“三重県営サンアリーナ”が草の間から見える。あそこにはもう15年ぐらい通っているが、裏に大きな池があったことなど、今までまったく知らなかった。

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 その池の周りを、今となっては野草の壁の中を、道が続いているのを確認した。
 道というものは、人間が認識して初めて“道”として現れる。今僕が歩くまでは、“道”を造ったという僅かな“意思”だけが、“道”を現していた。つまりこの状況は、その意思が“道”と共に、消えていこうとしている証拠だと言えた。

 その消えつつある“意思”を、“声”に導かれて歩く。
 そうか、“声”だと思っていたのは、この“意思”そのものだったんじゃないだろうか?僅かに残る人工的な“意思”に導かれているような気がする。

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 あと数年で森にでもなりそうな“道”を進む。しばらく行くと“声”のする場所に出た。

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 “声”の主は、朽ちかけたベンチだった。ベンチも又、か細い“意思”だけで存在している。
 鉄製のパーツは錆を吹き、その先から砂に帰ろうとしている。木製の部分は雨水で腐り、土に落ち、微生物に分解され、土に帰る。

 この池の周辺の存在を認識する意思が強かった時期が、確かにあった。

 健康の為にここでの散歩を日課にしていた老夫婦は、必ずこのベンチに腰掛け、独立していった息子や娘、今度生まれる初孫の話をした。

 付き合って3年経つ恋人同士は、このベンチに座り、今後のことについて初めて真剣に考えた。

 中学生の男の子3人組は、3人つめてベンチに座り、気になる女の子の話で盛り上がった。

 人の意思は朽ちて土に帰って行く... それもいいじゃないか。
 僕はそう言ってベンチと別れた。

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 その先には更に丘の上へと続く階段があった。どこへ続いているんだろう。全ての“意思”の忘却の果てには、いったい何があると言うのだろうか。僕は階段を昇った。

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 人は時としてハードウェアに意味を持たせようとする。ハードウェアには意味なんてないのに。多数の“意思”が創造したハードウェアのみが、存在し続けることを許される。
 ただ、人の“意思”も、その多くは永遠ではない。移り変わって行く。そしていつか、忘却されるかもしれない。
 野草の壁は、広がり続ける。

※この周辺は、三重県で1994年の夏から秋にかけて開催された、“まつり博三重’94”の会場跡地です。僕がここに来るようになったのは、多分万博が終わってすぐぐらいじゃないかと思います。15年くらい経ちますが、この広大な土地はまったく変わっていません。

■三重県営サンアリーナ■
住所 : 三重県伊勢市朝熊町字鴨谷4383-4
電話 : 0596-22-7700


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たびぱぱ

大きくなった子供達とは中々時間が合わなくなり、家族で出かけることも減ってきましたが、僕は相変わらず全国あちこちブラブラしています。

休日は2016年から始めたロードバイク(コーダーブルームFarna700-105)に乗って出かけてます。
東京湾一周したり、富士山登ったり、長距離走るのを楽しんでいます!