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群馬県、桐生市その1 古墳にコ~フン!

群馬
10 /27 2009
 たびぱぱ探検隊は、群馬県の桐生市新里町にやってきた。

隊員A : 隊長!やっと到着しましたねぇ。長い道のりでした。(駅から徒歩20分くらい)

隊員B : こ、これが“中塚古墳”ですね!

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たびぱぱ隊長 : そうだ!これが昭和54年に県指定史跡になっている
           “中塚古墳”だ。
            この入り口こそ、太古の歴史へのタイムトンネル
            なのだ―!

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たびぱぱ隊長 : ちょっと暗いな。おい!ライトを点けてみろ!




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たびぱぱ隊長 : .....。

隊員C : たっ、隊長...。何かいませんでしたか?



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 おーす! おいら栃木出身!



 なが~い前ふりだったけんども、本日もよろすくたのんべぇ。

 ここ“中塚古墳”は、標高200mの丘陵性台地上にあるんだけんど、直径約38m、墳丘約5mで周堀をめぐらす円墳なんだと。古墳時代の末、7世紀後半のものらしいなぁ。
 
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 まぁ、先回りすて、下調べしてたってわけだなぁ。

 石室は南側に開いてて、“横穴式の両袖型石室”っていうんだと。何だか難しいなやぁ~。

 羨道は、幅1.3mで長さは約3m。“羨道(せんどう)”っちゅうのは“玄室”へ入るトンネル状の道筋のことね。ちなみに“玄室”は死体を収める部屋のことだってなぁ。

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 あの一番奥が“玄室”なんかねぇ~。

 玄室のサイズは、中央部分の幅1.76m、長さ約4m。まぁ全体で長さ7mちょいってところだなぁ。
 四角く綺麗に切りそろえられた大きな石を、隙間無く積んで作られた古墳は、この辺じゃかなり珍しいんだと。
 確かに、そんなに昔のもんがこんだけ立派に残ってるっちゅうことからも、その頑丈さが伺えるだべなぁ。

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 群馬県の高崎市には、有名な石碑で“山ノ上碑(やまのうえひ)”ちゅうのがあるらしいんだども、この碑に出てくる“新川臣(にいかわのおみ)”っちゅう人が、ここ新里町(新里村)の権力者だったんじゃないかぁ~、ってことで、この“中塚古墳”は、“新川臣”の古墳かもしれん、ということらしいね。

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 1920年(大正9年)の調査の時には、すでにな~んにも無かったってねぇ。じぇ~んぶ盗まれちゃったんかねぇ~?

 
 “中塚古墳”の周辺には10数基の古墳があるらしいんだども、こっちもちょっくら見学してきたぞ。

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 新里中央小学校の敷地内に、“天神古墳”っつうのがあんだぁ~。

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 古墳時代後期でも更に古い、6世紀のものだと考えられてんだな。

 直径40m、高さ3mの円墳。
 石室は自然石の乱石積っちゅう造りだってよぉ。

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昭和33年の調査ん時に、刀とか埴輪とか、貴重な遺物がいっぱい出てきて~、東京国立博物館に所蔵されてるものまであんだってよぉ。すんごいでね~か~。

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 1500年前の人々の生活に思いを馳せつつ、群馬県は桐生市の歴史散歩はしばらく続きます。

■中塚古墳■
住所 : 桐生市新里町新川2592
アクセス : 新里駅から徒歩10分

■天神古墳■
住所 : 桐生市新里町小林60-1(新里中央小学校内)
アクセス : 新里駅から徒歩20分


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たびぱぱ

大きくなった子供達とは中々時間が合わなくなり、家族で出かけることも減ってきましたが、僕は相変わらず全国あちこちブラブラしています。

休日は2016年から始めたロードバイク(コーダーブルームFarna700-105)に乗って出かけてます。
東京湾一周したり、富士山登ったり、長距離走るのを楽しんでいます!